●●墨東徒然●●



墨田区銘品名店会 会員店舗
・下町の美味しい洋食や レストラン カタヤマ
・向島 志”満ん草餅
・下町のパン屋 富夢富夢
・イタリアンレストラン TomTom
・印刷煎餅 坂本せん餅
・割烹 永藤
・寺方蕎麦 長浦



見どころ・食べどころを御紹介
都立東白鬚公園
桜祭り
鯉のぼりフェア
フリーマーケット
カット倶楽部
梅若忌(木母寺)
「たずね来て とはばこたえよ都鳥、隅田河原の露と消へぬと」 京都北白河の吉田少将惟房の一子梅若丸が信夫藤太という人買いに連れ去られ東国へ下る途中、隅田川畔に捨てられた。貞元元年(976)3月15日、12歳で病死したが、このとき残した歌がこれ。謡曲『隅田川』に出てくる哀話で知られる。梅若丸を哀れみ、里人たちが塚を築き毎年3月15日(新暦4月15日)に供養したのが梅若忌の始まり。法要は午後1時から。住職さんに頼めば、梅若の話を 聞かせてくれる。
白鬚神社
白鬚神社大祭→6月の第2土・日曜に行われる祭礼、近年「あおり獅子」の舞が復活。 多くの人出でにぎわう。氏子の図子名も残り、伝統を感じさせる。大きな 神輿の出る本祭りは、3年に一度。
向島百花園
向島百花園は、文化元年(1804)に佐原鞠塢により造園された。日本橋住吉町で骨董屋を営み生来の風流気質で一流の文人墨客と交流ももち通人として知られていた鞠塢は、当時江戸で流行していた園芸趣味に興じ,店をたたんで寺島村の田園に風流人達寄贈の梅三百六十株を植え梅園を開いた。
当時亀戸の梅屋敷に対し新梅屋敷として知られ格好の行楽地として栄え、その後も名花名草が集められ自然のままの趣きをもち風流の極致をゆく庭園は、百花園と呼ばれるようになった。

著者紹介

隅田川七福神


白鬚神社1050年大祭

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